曲がるダイヤモンドが発電する、厚さ5µmで現れた意外な性質

多結晶ダイヤモンド薄膜が曲げによって電圧を生むのは、炭素原子そのものが別の物質に変わるからではない。結晶粒どうしの境界にある局所的な非対称性が、変形時に電気分極の偏りをつくるためだ。対称性を保つ単結晶や双晶のモデルでは、この圧電応答は現れなかった。
Science Advancesの原著論文 では、作製した多結晶膜のうち厚さ約5µmで応答が最大となり、圧電電圧係数は約82.2mV·m/Nに達した。制御した曲げで電圧と電流を検出した結果だが、完成した「ダイヤモンド電池」や実用電源を示すものではない。
単結晶にはなく、多結晶膜に現れる理由
圧電効果が生じるには、力を受けたときに正負の電荷の重心が同じようには動かない構造が必要になる。通常の立方晶ダイヤモンドには反転対称性があり、結晶内部で生じる微小な分極変化が全体として相殺される。このため、バルクの単結晶ダイヤモンドは非圧電材料とされてきた。
研究対象は宝石のような単結晶ではなく、化学気相成長法でシリコン基板上に成長させた多結晶ダイヤモンド膜である。内部には向きの異なる多数の結晶粒があり、それらが接する粒界では原子の結合配置が理想的な単結晶からずれる。特に非対称な粒界では、変形による分極変化が完全には打ち消されない。
薄膜化には二つの役割がある。硬いダイヤモンドを破壊せずに大きくたわませやすくすることと、膜厚の成長に伴って変わる粒径や粒界構造を、電気応答に反映させることだ。したがって「薄ければダイヤモンド自体が圧電体になる」のではなく、多結晶構造と曲げられる形状の組み合わせが重要になる。
金電極とPET基板を含む試験体

電気出力は、裸の膜を手で曲げて測ったものではない。試験体は両面を金電極で覆った多結晶ダイヤモンド膜を柔軟なPET基板に載せ、その間に絶縁テープを挟んだ構造だった。絶縁層は、PETから膜への表面電荷移動が測定に混入するのを抑える役割を持つ。
試験では一端を固定し、反対側に力を加えて曲げひずみを制御した。押すときと力を抜くときには逆極性の信号が現れ、ひずみを増すと出力も増加した。これは機械的な変形と電気応答が対応していることを示すが、得られる電力の実用性まで証明する測定ではない。
薄膜の測定では、摩擦帯電、接触による電荷移動、周囲の電気ノイズを圧電信号と誤認する可能性がある。香港大学の研究紹介 によれば、研究チームは条件を変えた機械的サイクル試験で環境ノイズや摩擦帯電の影響を検討し、一貫して反復可能な電気出力を確認した。
膜厚約5µmが普遍的な最適値とは限らない

応答は、膜が薄いほど単調に大きくなるわけではなかった。ダイヤモンド膜はシリコン上の微小な種結晶から横方向と上方向へ成長し、膜が厚くなるにつれて結晶粒も大きくなる。膜厚を変えることは、曲げやすさだけでなく、粒界の密度、向き、粒界の影響を受ける領域の割合を同時に変える。
第一原理計算を用いた成長モデルでは、粒界がつくる構造の非対称性と圧電係数が、成長に伴っていったん増加した後に減少する二相性を示した。薄い側では粒の成長と結合が進む途中にあり、厚い側では粒が大きくなって粒界の寄与が相対的に小さくなる。その中間で、非対称性の効果が最も強く現れたと解釈できる。
したがって約5µmは、今回作製された試料系列におけるピークであり、あらゆる多結晶ダイヤモンド膜に共通する設計定数ではない。成膜温度、種結晶、粒径、粒界の配向、欠陥、残留応力が変われば、最大応答が現れる膜厚も変化し得る。
粒界の分極が表裏の電位差になる
計算では、変形による結合長と分極の変化は膜全体に一様には広がらず、粒界から限られた距離の範囲に集中した。非対称な粒界の近くでは、原子の変位に伴う正負の電荷応答が相殺されない。膜を曲げると、この局所的な分極差が積み重なり、金電極で読み取れる表裏の電位差になる。
点欠陥を導入した計算モデルでも非ゼロの圧電係数は得られたが、モデルを大きくすると係数は単調に低下し、実験で見られた中間膜厚のピークを再現できなかった。欠陥の寄与を完全に排除する結果ではないものの、厚さ依存性を支配する主因としては、粒界による対称性の破れの方が整合的だった。
約82.2mV·m/Nは圧電電圧係数であり、装置から取り出せる電力そのものではない。この係数は、加えた応力に対して電場を生じやすい度合いを表す。利用可能な電力を判断するには、電流、膜面積、変形頻度、負荷インピーダンスに加え、整流回路や蓄電回路で生じる損失も評価する必要がある。
用途はセンサーが先行、発電には追加検証が必要

現段階で相性がよいのは、大きな電力を供給する主電源より、微小な変形を電気信号へ変えるセンサーや、環境振動から少量のエネルギーを回収する素子である。原著論文が挙げる方向性には、エネルギー回収、知的センシング、ウェアラブル電子機器が含まれる。
Phys.orgの研究解説 では、自己給電型の変形センサーや将来の埋め込み医療機器が用途候補として示されている。ただし、人体内での長期試験や用途別の完成品が報告されたわけではなく、ダイヤモンドの化学的安定性などを踏まえた研究上の展望である。
実用化には、広い面積で膜厚と粒界構造を再現する成膜技術、電極と薄膜の密着性、反復変形後の性能、温度・湿度・薬液中での安定性を確かめなければならない。PETと絶縁層を含む試験体を、実際の用途に合う基板や封止構造へ置き換えた場合にも、同じ応答が保たれるとは限らない。
この研究が示した意外な性質は、ダイヤモンドの結晶則そのものが覆ったという話ではない。従来は全体として相殺されていた粒界の局所的な非対称性を、曲げられる薄膜と電極によって測定可能な出力へ変えた点にある。次の焦点は、高い電圧係数を実際の電力、耐久性、量産性へ結び付けられるかどうかだ。
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