
会議は長さより回数が負担、854人の行動ログが示した盲点

イトーキは松尾研究所との共同研究で、2026年10月2日、日本橋の本社オフィスに勤務する854人から2025年12月1~31日に取得した70種類の行動データを使う分析結果と生産性推定モデルを発表した。会議が多かった日の翌日は心のコンディションが下がる傾向があり、今回の分析では会議の総時間より件数との関係が強く表れた。
対象になったのは、オフィス内の位置や移動、カレンダーの予定、メール・チャットの送受信などだ。行動と心身の状態、社内の人間関係を結び付けて調べると、同じ「忙しさ」に見える記録でも意味が分かれた。受信が増えることと自分から発信することは異なる状態と関係し、休憩エリアに行く回数から全員の回復を読み取ることもできなかった。
会議の総時間より、予定の件数に表れた関係
会議の結果で目を引くのは、長時間の会議だけが問題として浮かんだわけではない点だ。「設計・開発・企画」「営業・サービス」「管理」のいずれでも、会議が多い日には翌日の心のコンディションが低下する方向が見られた。予定が細かく分かれると仕事を切り替える機会も増えるが、切り替えそのものが不調を生んだと直接測定した結果ではない。
説明会を取材したマイナビニュースの報道では、会議件数と翌日の心の状態に同じ方向の関係が見られた従業員は84%で、管理系の職種では影響が特に強かった。一方、中断されずに60分以上作業できた日と翌日の心の状態の改善には、全職種を通じて88%の従業員で同じ方向の関係が見られた。会議の長さだけを短縮しても、予定の入り方や連続して作業できる時間を見落とす可能性がある。
ここでいう「心のコンディション」は、個人が生み出した売上や仕事の質と同じ指標ではない。会議の件数が多い社員を、そのまま生産性の低い社員と判定することはできない。顧客対応や部門間の調整を担う人には会議が業務上必要な場合があり、同じ件数でも役割によって意味が変わるからだ。
受信量と発信量を合わせると、違いが消える
メールやチャットでは、送受信を合計した数よりも、どちらの行動かが重要だった。営業・サービス職では受信が多い日に、社内の人間関係や体のコンディションが低下する方向が見られた。一方、自分からの発信は人間関係の状態が良くなる方向と結び付いた。通信量の合計だけを「負担」の指標にすれば、逆向きの関係を一つに混ぜてしまう。
受信には、内容を読み、対応の要否を判断し、必要なら返すという仕事が伴う。ただ、個々の連絡がどれほど難しかったか、誰にとって必要だったかは件数から分からない。発信が良い状態と結び付いた理由も、主体的に情報共有できたからなのか、もともと人間関係が良好だったからなのかを、個別のログだけで確定することは難しい。
この違いは、連絡を減らす施策の対象にも関わる。受信の多さが負荷につながる職種なら、不要な一斉送信や広すぎる宛先を見直す余地がある。一方、必要な相談や引き継ぎまで抑えれば、発信が担っていた連携も失われかねない。改善の対象はメッセージの総量だけでは決められない。
休憩エリアの回数は、休息の質を表さない
一見すると状態と結び付きそうな行動にも、組織全体で一貫した関係が見られないものがあった。休憩エリアの利用回数、在社時間、返信の速さ、デジタルにつながっている時間がそれに当たる。休憩エリアを訪れた回数は記録できても、そこで休めたか、誰かと話したか、短い用事を済ませただけかまでは示さない。
したがって、この結果から休憩そのものの効果を否定することはできない。同様に、返信が速い人を余裕がある人、在社時間が長い人を疲れている人と分類する根拠にもならない。測りやすい行動と知りたい状態の間には距離があり、その距離は人や職種によっても変わる。
位置・予定・通信の記録から、何を推定したか
分析した行動データは、位置情報、予定情報、オンラインコミュニケーション情報に大別できる。位置の記録はオフィス内の移動や滞在、予定は会議の件数や時間、通信の記録はメール・チャットの送受信頻度を捉える。メールやチャットの本文そのものは分析対象に含まれず、取得したデータは匿名化して分析された。
研究では、これらの記録に、心・体・社内の人間関係についての調査結果と、本人の能力発揮度を組み合わせた。生産性という言葉が使われていても、会議の削減による売上増を実測したわけではない。働き方が中間的な状態とどう関係し、その状態が本人の能力発揮度とどう結び付くかを探るモデルである。
分析の中心となるVAR-LiNGAMは、日ごとのデータを使い、行動と当日または翌日の状態の時間差や関係の向きを推定する手法だ。同じ日に会議と不調が重なったという単純な相関より、どちらが先に起きたかを詳しく扱える。ただし、会議を無作為に増減させた実験ではない。急な案件、仕事の難しさ、本人の体調など、記録に十分表れていない要因が関係した可能性は残る。
今回の対象は一企業の一拠点で働く人たちであり、分析した期間も限られている。他社や別の職種で同じ関係が再現されるかは、そこで得たデータによる検証が必要だ。また、現在のデータから関係の向きを推定することと、別の職場の従業員について将来の状態を正確に予測することは、異なる課題である。
組織の改善に使う際、個人評価との境界をどう引くか
企業にとって有用なのは、会議の配置や連絡の流れを職種・組織ごとに見直すための手掛かりだ。個人の状態を採点する目的で位置や通信の記録を広く集めれば、研究で示された働き方の改善とは用途が変わる。分析に必要な項目を先に絞り、集計結果を誰が見られるかを決めることが、データを扱う際の重要な境界になる。
匿名化にも運用上の条件がある。名前を外しても、少人数の部署で位置や予定の記録を細かく示せば、周囲が本人を推測できる場合がある。従業員には、取得する項目、本文を扱うかどうか、保存期間、閲覧できる人、評価への利用の有無を具体的に説明する必要がある。研究用に匿名化した事実だけで、別の企業が同じ安全性を得られるわけではない。
実用化も検証の段階にある。酒井美帆氏は10月6日公開のITmedia AI+の取材で、サービスの提供時期を「現時点では公表していない」と述べ、既存事業「Office3.0」の枠内で一部顧客との検証を始めたと説明した。異なる職場で結果が再現され、必要なデータだけで従業員に説明できる運用を作れるかが、今後の導入判断を左右する。
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