仕事の未来

AIで生産性は向上、利益は横ばい――企業調査が示す「個人と組織」の溝

|著者: QUASA編集チーム|2 分で読めます| 12
AIで生産性は向上、利益は横ばい――企業調査が示す「個人と組織」の溝

McKinseyの2026年版世界調査 は8月25日、AIによって自分の生産性が向上したとの回答が80%に達する一方、勤務先のEBIT(利払い・税引き前利益)にプラス効果があったとの回答は37%で、2025年とほぼ同じだったと公表した。調査は5月4日から6月8日までオンラインで行われ、97カ国の経営者や専門職など1719人が回答した。

ここで「利益は横ばい」とは、各社の利益額が増減しなかったという意味ではない。AIがEBITに寄与したと認識する回答者の割合が前年から伸びなかったという調査結果であり、個人の時短が企業の財務成果へ自動的に転換されるわけではないことを示している。8月26日付の IT Proの検証 も、80%と37%の隔たりに加え、運用費と既存プロセスが企業規模の効果を制約していると報じた。

80%と37%は異なる成果を測っている

AIで個人の作業が速くなる一方、企業のEBIT効果は別に測定される構造

二つの比率の差は、AIによる効果のうち、測定対象と到達地点が違うことを表す。80%は回答者自身が感じた仕事上の改善であり、37%は勤務先全体のEBITへの寄与である。前者には文書作成、情報整理、コード作成といった個別作業の短縮が反映されやすいが、後者には売上、品質、人件費、導入・運用費などがまとめて影響する。

  • 個人生産性:作業時間、処理量、品質など、従業員に近い単位で現れる。ただし、企業が短縮時間をどれだけ回収できたかまでは分からない。
  • 意思決定:情報収集や比較が速くなっても、判断の質が売上増や損失回避につながったかは別に測る必要がある。
  • 業務成果:工程全体の所要時間、処理件数、手戻り、顧客への納期などで捉える。個別作業の時短だけでは改善しない場合がある。
  • 企業利益:追加売上と削減費用からAIの導入・運用費を差し引いた先にある。今回の37%は効果を認めた回答の割合であり、平均利益率の上昇幅ではない。

したがって、80%から37%を引いて「43ポイント分の効果が失われた」と解釈することはできない。質問、評価対象、成果の単位が異なるからだ。一方で、個人が感じる改善の広がりに比べ、企業レベルの財務効果を認める回答の広がりが遅いという方向性は確認できる。

個別作業の時短が工程全体に吸収される

AIで前工程が短縮されても確認と承認待ちが残る企業業務

担当者が資料作成を早く終えても、その後に承認待ち、別システムへの転記、手作業の照合、部門間の引き継ぎが残れば、受注から納品までの時間や組織全体の処理能力は大きく変わらない。短縮された時間が従業員ごとの余白として分散すれば、追加受注、残業削減、外注費削減といった財務項目にも表れにくい。

利益への転換には、既存工程の一部へAIを追加するだけでなく、不要になった作業や承認を取り除き、人とAIの担当範囲を組み直す必要がある。今回の調査で高い財務効果を報告した層は、効率化だけでなく成長や革新も目標に置き、AIを前提としたワークフローの再設計を進める傾向が示された。

ここで利用率だけを成果指標にすると、効果が止まった場所を見失う。利用人数や生成回数の先に、業務一件当たりの所要時間、承認待ち、手戻り率、処理件数、売上への転換率を接続して初めて、個人の時短が工程全体へ波及したかを判別できる。

運用費が節約分を相殺する

AIの運用費と人員削減予想を実績に照らして検証する企業計画

AIの利用拡大には、ライセンスやトークンだけでなく、モデル運用、データ整備、セキュリティー、出力の監督・検証にも費用がかかる。節約できた人件費や外注費より追加費用が先に計上されれば、従業員が改善を実感していても短期のEBITは動きにくい。

調査を扱ったIT Proの記事では、AI関連の運用費が利用を制限したとの回答は20%、ICT予算の10%超をAIへ投じるとの回答は28%、今後1年間にAI投資を増やすとの回答は60%だった。つまり、費用が一部の組織で制約になりながら、投資意欲そのものは弱まっていない。財務効果を測る際には、削減額だけでなくAIに伴う総運用費を同じ期間で集計する必要がある。

また、AIによる改善が必ずしも直ちにコスト削減として現れるとは限らない。処理能力の増加を売上拡大に使う企業もあれば、品質向上や顧客対応へ振り向ける企業もある。これらの効果は価値を持ち得るが、売上や費用との接続を測らなければ、EBITへの寄与としては確認しにくい。

人員削減の予想と実績にも時間差

作業時間の短縮と雇用削減も同じ出来事ではない。企業は需要の増加を既存人員で処理したり、空いた時間を確認や顧客対応へ移したり、新規採用や外注を抑えたりできるため、生産性向上の影響は解雇人数だけには表れない。

The Registerが確認した調査結果 では、AIがEBITの5%以上に寄与し、その効果を「大きい」と評価した高業績層は6%だった。今後1年間にAI関連の人員減を見込む回答は39%で前年の32%を上回り、43%はほとんど変化がないと予想した一方、過去1年間に実際の人員減を報告した割合は14%にとどまった。

予想と実績の差は、AI導入から人員構成の変更までに時間がかかることに加え、企業が時短分を別の用途へ配分できることを示す。人員への影響を確かめるには、総従業員数だけでなく、採用数、配置転換、外注費、残業時間、処理能力、一人当たり売上を並べて見る必要がある。

日本企業に直接当てはめられない数字

今回の結果は世界97カ国の回答を各国のGDP寄与で加重したもので、日本企業だけの実績を示す統計ではない。財務諸表を集計した研究でもなく、回答者が自分や勤務先への効果をどう認識しているかを測った調査である。80%や37%を日本企業の平均値として扱ったり、AI導入が利益を生んだ、あるいは生まなかったという因果関係を確定したりすることはできない。

それでも、個人、業務、財務を分けて測るという論点は日本企業にも関係する。個人生産性には作業時間と品質、業務設計には工程全体のリードタイムと手戻り、財務には追加売上と削減費用、投資側にはモデルやデータを含む総運用費、人員計画には採用・配置転換・外注・残業の変化を対応させる。同じ対象業務と期間で追わなければ、個人の改善がどの地点で止まったのかは分からない。

現時点で確認できるのは、AIの個人的な有用性が広く報告される一方、企業全体のEBIT効果を報告する割合は前年から伸びず、運用費、工程の再設計、人員調整が利益への波及を左右していることだ。次に問われるのは、拡大する投資が財務成果へ結び付くか、高業績層に見られる業務変革がほかの企業へ広がるか、そして人員減の予想が実績として現れるかである。

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