
LTV/CACが3倍でも安心できない、粗利と回収月数の計算順

SaaSのLTV/CACを投資や獲得予算の判断に使うなら、月間売上を粗利に直してLTVを求め、広告費だけでなく営業・マーケティング人件費を含むCACで割る。Bessemer Venture Partnersの分析は、粗利を織り込んだLTV/CACの3倍以上を獲得投資の目安としながら、粗利でCACを回収する月数も重視している。
計算は、顧客と期間をそろえ、粗利ベースの簡易LTV、獲得費用を含むCAC、回収月数の順に進める。最後に獲得時期や顧客層ごとに計算し直す。全社の比率が良くても、回収が遅い群や採算の低い群に予算が向かっていないかを見分けるためだ。
顧客の単位と集計期間をそろえる
最初に、顧客を契約企業で数えるのか、有料アカウントで数えるのかを決める。分母の新規顧客数には、無料試用の登録者を混ぜない。月額売上、粗利率、解約率は同じ顧客単位と月次の期間でそろえる。月次売上を年次の解約率で割れば、計算結果の単位が崩れる。
ここからの数値はすべて架空の例で、円建ての有料契約企業を対象とする。一時的な導入費用は月額売上から外す。月次の顧客チャーン率は「月初の有料契約企業のうち、その月に解約した企業数÷月初の有料契約企業数」と定義する。顧客数で測る解約率と、失った売上で測る解約率を混ぜない。
獲得費用は、その顧客群を獲得する活動に対応させる。営業から受注まで時間がかかる場合、支出した月と契約した月が一致するとは限らない。月次の数字だけで費用と獲得数が対応しなければ、営業サイクルに合う期間で集計し、対応関係を残す。
簡易LTVは月間粗利から計算する
月次の簡易式は「LTV=月次ARPU×粗利率÷月次顧客チャーン率」だ。ここでのARPUは有料契約企業1社当たりの月間平均売上を指す。ChartMogulの指標集も、顧客当たり売上に粗利率を掛け、顧客チャーン率で割るLTVの基本式を示している。
架空の例で月次ARPUを1万2,000円、粗利率を75%、月次チャーン率を3%とする。月間粗利は9,000円、簡易LTVは9,000円÷0.03=30万円となる。粗利率を掛けずに売上だけを割った40万円は、サービス提供にかかる原価を差し引いていないため、獲得費用との採算比較には使わない。
この式は、チャーン率の逆数を平均継続月数とみなし、月間粗利と解約率が将来も一定だと置く近似である。値引き、プラン変更、従量課金の増減が大きければ、固定した月間粗利から求めたLTVは実際の累積粗利から離れる。チャーンが観測されない月はゼロで割れないため、短い観測期間だけから生涯価値を確定しない。
CACには獲得に使った人件費も入れる
CACは「対象期間の営業・マーケティング獲得費用÷対応する新規有料顧客数」で求める。StripeのCAC解説は、広告費に加えて営業・マーケティング担当者の給与、獲得用ツール、外注費などを費用に含め、有料契約した顧客を数えるとしている。
架空の例で広告費90万円、人件費150万円、獲得用ツールと外注費60万円を使い、新規有料契約を30社獲得したとする。費用合計は300万円、CACは1社当たり10万円だ。粗利ベースのLTV30万円をこのCACで割ると、LTV/CACは3倍になる。
広告費90万円だけを数えれば、見かけのCACは3万円に下がる。さらに売上ベースのLTV40万円を組み合わせると、比率は約13.3倍になる。同じ顧客群でも、原価と人件費を落とすだけで数字が大きく変わる。既存顧客の支援にも携わる担当者の人件費は、新規獲得に使った時間や担当範囲で配賦し、サービス提供原価にも同じ費用を重ねて入れない。
回収月数は解約を織り込んで見直す
まず「CAC÷1社当たり月間粗利」で単純な回収月数を出す。この例では10万円÷9,000円=約11.1カ月だ。ただし、これは獲得した顧客が同じ粗利を払い続ける計算で、途中の解約を反映しない。
月末に毎月3%ずつ解約し、残った顧客が毎月9,000円の粗利を生むと仮定する。獲得した1社当たりの期待累積粗利は、nカ月後に「9,000円×{1-0.97のn乗}÷0.03」となる。12カ月後は約9万1,847円、13カ月後は約9万8,092円でCACの10万円に届かず、14カ月後に約10万4,149円となって初めて超える。
約11.1カ月は継続顧客の月間粗利による簡易的な回収目安で、14カ月目は一定の解約率を織り込んだ期待値の交差点である。実際の顧客が全員その月に回収を終えるという意味ではない。また、年払いの入金日は粗利の発生月と異なり得るため、回収までに必要な手元資金は入金予定も踏まえて判断する。
顧客群を分けると、全社平均の見え方が変わる
同じ架空の30社を、獲得月が同じA群20社とB群10社に分ける。両群とも月次ARPUは1万2,000円、粗利率は75%とし、A群の月次チャーン率を2%、CACを6万円、B群のチャーン率を5%、CACを18万円と仮定する。獲得費用はA群120万円、B群180万円で、先の合計300万円と一致する。
A群の簡易LTVは9,000円÷0.02=45万円、LTV/CACは7.5倍だ。B群の簡易LTVは9,000円÷0.05=18万円で、LTV/CACは1倍となる。初月の顧客数で重み付けしたチャーン率は3%、全体のCACは10万円なので、全社一括の簡易式では先ほどの3倍が出る。それでもB群の採算は、全社平均が示す水準とは大きく異なる。
群別LTVを初月の顧客数で重み付けすると36万円となり、平均CACとの比率は3.6倍になる。全社チャーン率3%の逆数から求めたLTV30万円と一致しないのは、解約率の異なる群を先に平均しているためだ。時間がたつほど解約率の高いB群の割合は小さくなるので、全社チャーン率を将来も一定と置く計算は、この顧客構成の変化も捉えられない。
実績をスプレッドシートに落とす際は、獲得月、顧客層、獲得チャネルごとに新規有料顧客数と対応する獲得費用を置く。続く各月には、その群の売上とサービス提供原価を記録し、解約した企業も元の獲得数に含めたまま、群全体の粗利を積み上げる。累積粗利がその群の獲得費用を初めて超えた月が、観測実績に基づく回収月となる。観測が短い群では、確認済みの累積粗利と将来のチャーンを仮定した推計を分けて示せば、予算配分に使う数字の根拠が明確になる。
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